| 7月の暑い日、峠を越えたパノラマ急行の車窓から、白い雲の浮かんだ青い空とはるか眼下に眩しい陽の光りを反射させて、キラキラと輝く大きな湖、レマン湖が見えてきた。 暑い日といっても、窓から流れ込む風は、高度の為かひんやりとしていた。車輪と線路との軋みを響かせながら、列車がゆっくりと高度を下げていくにしたがって、風の温度も少しずつ上がっていく。レマン湖の眺めは、列車がジグザグに曲がる線路を降下するたびに右に左にと交互に木々の間に現れた。次第に湖畔の名高いリゾート、モントルーの優美な街並みが広がって、見る見るうちに列車は街の中に吸い込まれていく。 右に曲がりながら坂を降りると、そこにMOB鉄道のモントルー駅があった。堂々としたスイス国鉄のモントルー駅と隣接しているこの駅は、国鉄のそれとは対照的に本当に小ぢんまりとした小さな駅だ。 ホームに降り立つと、強い午前の陽射しが眩しかった。 |
| 当時がそうだったかは定かではないが、ローザンヌの郊外の「クリシエ」という村にあるレストラン「シェ・ジラルデ」は、「ミシュラン」と並ぶグルメ本「ゴー・ミヨー」でランキング1位を数年間守りつづけていた。という事は、世界一美味しいという事に等しいのではないだろうか。もちろん、ミシュランでも三ツ星だ。一度でいいから、そんなレストランで食事をとりたいと思うのは、至極当然の事だろう。 イギリス留学中、ローザンヌから来た「イザベラ(仮名)」という学友にジラルデのことを知っているか訊いてみたところ、 「おお!ジラルデ!とっても有名よ!」 地元の人達も、一生に一度くらいはそこで食事をとりたいと思っているらしい。お値段もそれなりに張るそうだが、斯くいう私もそんなひとりだったのだ。旅の間、食事といえば、朝食はホテルのコンチネンタル、昼食はサンドイッチ、そして夜にレストランで食事、というのが私のいつものパターンだ。たまにはレストランやカフェでランチを食べる事もあるのだが…。上着とネクタイ着用などといったレストランとは無縁の私だが、ジラルデだけはそうはいかなかった。この旅行中、このためにずっとスーツを持ち歩いた事は言うまでもない。 モントルー駅のホームからイザベラに電話してみたが、あいにくと留守だったので、また後で電話すると言って受話器を置いた。そのままローザンヌまで行ってしまっても良かったのだが、バイロンの詩で有名な古城「シヨン城」に寄ってから行く事にした。 |
今夜、とうとうジラルデでディナーを取ることになるのだ。 私も一度ひどい目にあっている。1995年のグリンデルワルトで、夕日を浴びたアイガーの雄姿を見ながらディナーにしようとして凍えそうになったのだ。 |
| シヨン城は輝く湖面に浮かぶように建っていた。スイスにある古城の中で、私の最も好きな城だ。左程大きくもなく、また小さくもなく、私好みの規模で凛として建っている。イタリアからやってくる東方商人たちを対象にした通行税の関所として造られ、9世紀から13世紀にかけて現在の形に増改築された。 城内には中世の武器や調度品などの展示物の他、塔のてっぺんにも登れるようになっていて、レマン湖の眺望が美しく眺められる。シヨン城で有名なのは、やはりバイロンの詩「シヨンの囚人」だろう。 ジュネーヴの貴族フランソワ・ド・ボニバールがフランスのサボワ家に捕らえられ、1530年から1536年までの6年間、幽閉された。その話を聞いたバイロンが詩にしたのがこの「シヨンの囚人」だ。ボニバールは幽閉されていた6年間の後半4年間は地下牢につながれていたという。地下牢の入り口から5番目の柱に鎖でつながれていたらしい。その柱にバイロンの落書き(本物がどうかは不明だが、カバーをして保護してある)なんかもあり、地下牢もなかなか見ごたえがある。 シヨン城を訪れるには、バスだけでなく船でもアクセス出来る。湖面を走る遊覧船は、シヨン城を周り込むようにして船着場に停船するから、船からも城を眺める事が出来て楽しい。 |