[PR]看護師の好条件な求人情報満載:今人気の転職サイト♪6分に1人が登録中


レストラン訪問記

世界一と謳われたレストラン
「シェ・ジラルデ」へ

 7月の暑い日、峠を越えたパノラマ急行の車窓から、白い雲の浮かんだ青い空とはるか眼下に眩しい陽の光りを反射させて、キラキラと輝く大きな湖、レマン湖が見えてきた。
 暑い日といっても、窓から流れ込む風は、高度の為かひんやりとしていた。車輪と線路との軋みを響かせながら、列車がゆっくりと高度を下げていくにしたがって、風の温度も少しずつ上がっていく。レマン湖の眺めは、列車がジグザグに曲がる線路を降下するたびに右に左にと交互に木々の間に現れた。次第に湖畔の名高いリゾート、モントルーの優美な街並みが広がって、見る見るうちに列車は街の中に吸い込まれていく。
 右に曲がりながら坂を降りると、そこにMOB鉄道のモントルー駅があった。堂々としたスイス国鉄のモントルー駅と隣接しているこの駅は、国鉄のそれとは対照的に本当に小ぢんまりとした小さな駅だ。
 ホームに降り立つと、強い午前の陽射しが眩しかった。

シヨン城

 当時がそうだったかは定かではないが、ローザンヌの郊外の「クリシエ」という村にあるレストラン「シェ・ジラルデ」は、「ミシュラン」と並ぶグルメ本「ゴー・ミヨー」でランキング1位を数年間守りつづけていた。という事は、世界一美味しいという事に等しいのではないだろうか。もちろん、ミシュランでも三ツ星だ。一度でいいから、そんなレストランで食事をとりたいと思うのは、至極当然の事だろう。
 イギリス留学中、ローザンヌから来た「イザベラ(仮名)」という学友にジラルデのことを知っているか訊いてみたところ、
 「おお!ジラルデ!とっても有名よ!」
地元の人達も、一生に一度くらいはそこで食事をとりたいと思っているらしい。お値段もそれなりに張るそうだが、斯くいう私もそんなひとりだったのだ。旅の間、食事といえば、朝食はホテルのコンチネンタル、昼食はサンドイッチ、そして夜にレストランで食事、というのが私のいつものパターンだ。たまにはレストランやカフェでランチを食べる事もあるのだが…。上着とネクタイ着用などといったレストランとは無縁の私だが、ジラルデだけはそうはいかなかった。この旅行中、このためにずっとスーツを持ち歩いた事は言うまでもない。
 モントルー駅のホームからイザベラに電話してみたが、あいにくと留守だったので、また後で電話すると言って受話器を置いた。そのままローザンヌまで行ってしまっても良かったのだが、バイロンの詩で有名な古城「シヨン城」に寄ってから行く事にした。

グリンデルワルト近郊グローセ・シャイデックのレストラン

 今夜、とうとうジラルデでディナーを取ることになるのだ。
 初めて海外で食事を外で取ったのは、パリのリヨン駅で買ったトマトのサンドイッチだったし、その日の夜はファースト・フードだった。いざ、ひとりでレストランに入るとなると、なかなか入りづらいものだ。
 最近は日本にも増えてきたが、ヨーロッパではオープン座席とでも言うのか、店の表にテーブルと椅子を並べて営業しているレストランがめだつ。夏場ともなると、店の中よりも外の方が客の入りがいい。初めは外で食べるのがちょっと恥かしかったりしたものだが、慣れてくると外のテーブル席の方が快適に感じてくるのも不思議だ。ピクニックやバーベキューなどで、屋外で食べた時の美味しさを知っている方ならお分かりだろう。そもそも、外で食べる方が食事は美味しいのかも知れない。
 とにかく、外のテーブル席なら一人旅で連れ合いがいなくても入りやすい。勝手に空いている席に座り、ウエイターやウエイトレスが来るのを待てばいいのだから。しかし、アルプスのリゾートでは、夜は相当冷えるので夏でも外のテーブルで食べる人は稀だ。

グリンデルワルトのホテル・ヴェッターホルン

 私も一度ひどい目にあっている。1995年のグリンデルワルトで、夕日を浴びたアイガーの雄姿を見ながらディナーにしようとして凍えそうになったのだ。
 夕食は、たいていホテルのレストランで取るのが私のやり方だが、たまには例外もある。あまり美味しそうに見えなかった時や、高そうに思った時、ホテルにレストランのなかった時だ。初めて海外のレストランで食事をしたのも、やはりホテルのレストランだった。
 チューリヒ郊外、シュリエレンのホテル「チボリ」に宿泊した時の事、ドイツ語か英語かも分からず、まったくメニューが読めなかったから、とても苦労した事を覚えている。
 まず、値段の安いほうから見ていく事にしたが、そこでこんな文字の料理を発見した。
 「 Cocktail 」
 「クックテール?」
ということは、鶏のしっぽ…?とんでもない誤解だが、言葉が分からないとはこういうものだ。
 「 Cocktail 」の横に「 Shrimps(小エビ)」とあったので小エビのカクテル(前菜)の事だったのだが、目の前に料理が出された後も
 「鶏肉が入ってないな…」
と思っていたというのも笑えない話だ。
 メニューが読めないというのは、かなりのネックだと思うのだが、それが面白い時もある。何が出てくるか分からないスリル、闇鍋のような緊張感がたまらないのだ(笑)。しかし、失敗する事だってある。
 ブリーク駅前のレストランでランチを取った時の事。18フランと11フランのランチメニューがあったので、どちらが良いのかウエイターに聞くと18フランの方はエクセレント、11フランのはお勧め出来ないという。
 「高い方を売ろうとしているな。」と思った私は、11フランのはどんな物なのかを聞いてみた。すると、
 「豚の頭の肉です。」
豚の頭?それは一体どういう物なのか…?脳みそなんだろうか?それだったら本当に珍しい。
 「何でもいいや、それ下さい。」
 「豚の頭ですよ。」
しつこいな…。何だかんだ言っても豚肉なのだから間違いないだろう。
 「OKだよ。」
出てきた料理は、いかにも球面に張り付いていたという形の茹でた肉とセロリのサラダのような物だった。肉も半分以上が脂身だ。
 「うえっ…。」
素直にウエイターの言う事を聞いておけば良かった。結局、半分以上残してしまった…。どうしても食べられなかったのだ。

レマン湖船上からのシヨン城

 シヨン城は輝く湖面に浮かぶように建っていた。スイスにある古城の中で、私の最も好きな城だ。左程大きくもなく、また小さくもなく、私好みの規模で凛として建っている。イタリアからやってくる東方商人たちを対象にした通行税の関所として造られ、9世紀から13世紀にかけて現在の形に増改築された。
 この日は中に入らなかったが、城の中には「座ると幸せな結婚が出来る椅子」というのが置いてあり、私はしっかり1990年の夏に座ってきたが、今ではもう座れなくなってしまっている。
 城内には中世の武器や調度品などの展示物の他、塔のてっぺんにも登れるようになっていて、レマン湖の眺望が美しく眺められる。シヨン城で有名なのは、やはりバイロンの詩「シヨンの囚人」だろう。
 ジュネーヴの貴族フランソワ・ド・ボニバールがフランスのサボワ家に捕らえられ、1530年から1536年までの6年間、幽閉された。その話を聞いたバイロンが詩にしたのがこの「シヨンの囚人」だ。ボニバールは幽閉されていた6年間の後半4年間は地下牢につながれていたという。地下牢の入り口から5番目の柱に鎖でつながれていたらしい。その柱にバイロンの落書き(本物がどうかは不明だが、カバーをして保護してある)なんかもあり、地下牢もなかなか見ごたえがある。
 シヨン城を訪れるには、バスだけでなく船でもアクセス出来る。湖面を走る遊覧船は、シヨン城を周り込むようにして船着場に停船するから、船からも城を眺める事が出来て楽しい。

高速道路のサービス・エリア「ハイジ・ランド」

レストランはチェーン店の「メーヴェンピック」

NEXT PAGE

メインメニューへ

ホームページへ



[PR]500000円当る!通信講座:通信教育の費用に♪今なら無料で車も当る